曖昧なものを受け入れる器が欲しいと同時に、確かな存在に受け入れられたいという願いがありました。
今は、水を入れる器が確かであればあるほど、捉えられなかったものがしっかり納まっていくのだと感じています。
揺蕩う時もあれば、荒れ狂う大きな波になったり、かと思えば枯渇しそうになったり。心の力って常に変化していて、水みたいに捉えどころがない。
でも、捉えどころがないものを納めるために、複雑な器が必要というわけではありませんでした。
シンプルでいい。決まった型でいい。
ただ、確かなものであることの方が大切だった。
少なくとも、私に必要だったのはそういう器でしたね。
新しい狐さんたちを見つめながら、良い温度・良い距離感で付き合い、心を納められる器に育ってくれた絵に感謝をしています。
・・・ここまでは、絵についての話。
個人的に、色んなことが一気に楽になった6月。人間の心にもロジックがあって、興味深いものだなと感じる時間を過ごしています。
若い頃は未熟さゆえに、解決できないことに対して何ぁ故なーぜ?と問い詰めるために心理学にも興味を持っていました。答えなんかないのにね。
今は純粋に、心から現実に反映される流れが面白い・人間関係って興味深いという気持ちで見ています。
あれこれ時間をかけて考えた挙句に、変わらない現実を前にして「心なんてこねくったって、捉えようもないんだから答えなんて出ないよ」と脳筋にシフトしていくのが私の鉄板なのですが。笑
どんな動機で情報に触れるかによって、その扱い方も変わるもの。誰かや何かを変えるために情報を利用するのではなく、情報そのものを楽しみたい。
双子座木星シーズン到来らしい風が吹いています。