今日は七夕です。鎮宅霊符神に御神酒をお供え。星田妙見宮で授かった冊子の方法で、手を合わせました。
金狐舎では、星田妙見宮の授与品である太上神仙鎮宅七十二霊符をお祀りしています。今回は、神様のご威徳を広めるために「おかげさま話」を書いてみようと思います。
星田妙見宮の公式サイト ▶︎ https://www.hoshida-myoken.com
太上神仙鎮宅七十二霊符 ▶︎ https://www.hoshida-myoken.com/太上秘法鎮宅霊符/
元々、児童向けの宇宙や星座に関する本が実家にあったことから、私自身、なんとなく星の話を読むのが好きでした(ギリシャ神話)
成長するうちに鉱物が好きになり、大人になってからは巨石信仰や星信仰の話に惹かれたことから、妙見菩薩という星の神様がいるらしい…と知ることになります。
初めて星田妙見宮を訪ねたのは、今から十年ほど前のこと。その頃はまだ「岩が大きくて楽しかった・星のブランコは恐い」という印象しかありませんでした。
※ 高所が平気な方は、交野市・星のブランコを訪ねてみてください。笑
それから数年が経ったころ。あることをきっかけに、鎮宅霊符を求めるようになります。
内容は不可思議話になるので伏せますが「素人が、本を参考に小手先で霊符を作るべからず」という学びと反省を経て、きちんと寺社仏閣で拝まれた正式な霊符を賜りたいと検索。結果、ヒットした星田妙見宮を再び訪ねました。
そして、 太上神仙鎮宅七十二霊符をとおして、鎮宅霊符神様と、習合したとされる妙見菩薩様に手を合わせるようになります。
ここからは、家という土台を見直し、自分の向き合い方を全面的に変える様な時期を過ごしました。
『妙見さんは、荒っぽい神様のイメージあるねぇ』とは、交野に所縁ある方の弁ですが、一理あると思います。
ただ、人や物事と向き合う上で、自分の弱さを断ち切る経験をいたしました。
家は小さな国土・自分自身の体も小さな国土ですから、国を守るために何をすべきか?自分は国の安全を願うに、相応しい行いを出来ているか?を、省みる機会をいただいたと考えています。
(妙見様は導きの神であり、軍神として拝まれた歴史もありますから、それを考えたら納得)
それに伴い、ご先祖様の供養も行うようになり、段々と様々なことが治っていきました。
鎮宅霊符神様だけではなく、ご神仏に向き合う時に思うことですが『自分都合で上手にやる』というのは通用しないですね。
人間の頭で考えるバランスとか調和とかはどうでもいいから、やるべきことを直ぐにやりなさい。よくしたるから、自分の悪いところが一瞬痛いのは我慢しなさいよ。
ザックリまとめると⇧こういう旨の出来事があったのです。でもそれは、恐いことではなくて、ありがたいことだったと考えています。
こう書くと厳しい神様のようですが、姿勢を正して生活と向き合うことで、必要な改善が起こるだけで
普段からやるべきことが出来ている人は、ただシンプルにお守りいただけるだけじゃないのかな…
兎にも角にも「神様って、とっても神様だな」という経験を経て金狐舎がありますので、太上神仙鎮宅七十二霊符は、今でも大切にお祀りしています。
時に怪異のお話を聞くことがありますが(実際にどうかはさておき)歪んだものの見方・考え方を起こす精神構造が、まず前提としてあるのではと感じています。
やるべきことをやっていない・何でも自己流にアレンジする・大事なことを略す・基礎を積み重ねない・まぁいいか精神が悪い方に出ているetc。
若い時ならまだしも、いい大人になってしまえば、他人の生活に口を出してまで良くなってほしいと思ってもらえる関係は減っていくものです(自戒をこめて)
自分で自分の悪いところを直さなければ、最後には治るはずのものも治りません。
ただ、今更もうダメだろうと考えてしまうような時であっても「何だかどうにかなりそうな底力」を湧き立たせて下さる力が、御神仏にはある様な気がしています。
「どうしても今変わらねば」と思っている方がいらしたら、経験を振り返った上で、星田妙見宮の参拝+太上神仙鎮宅七十二霊符をお薦めしています(グッズではないので、お参りをして手を合わせながら大切にするのが前提ですが)
神棚に納める鎮宅霊符神のお札も、確か授与されていたと記憶しております。
状況をどうこうするというのではなく、そういうものに振り回されている自分の弱さと向き合いたい時には、訪ねてみられると良いかもしれませんね。
私自身も、またしっかり鎮宅様と向き合いたいタイミングです。
読んでくださっている方と、神様仏様との良いご縁があります様に、この日に書き残しておきます。